1 運送業における墜落・転落事故について
(1)荷役作業に関係する墜落・転落、トラックからの墜落・転落
運送業における労働災害(死傷災害)では、約7割が荷役作業(荷の積卸し等)に関係する災害となっています。
そして、運送業の死傷災害を事故の型別災害発生状況で見ると、「墜落、転落」による死傷者数が全体の約3割を占め、最多となっています。
つまり、運送業において、荷役作業に関係する墜落・転落事故は、死傷災害が最も発生しやすい事故類型であるといえます。
また、運送業における墜落・転落事故を起因物別で見ると、トラックからの墜落・転落事故が約7割と大部分を占めています。
墜落・転落事故の発生位置としては、「荷台端から」が最も多くほぼ半数を占めており、次いで「荷の上・車体の上から」が4分の1強を占めています。
(2)発生原因の特徴
運送業における墜落・転落事故の発生原因の特徴として、運送業では、荷主あるいは施設によって作業環境が異なるということが挙げられます。
つまり、荷主等の構内での作業を行う際、その構内を管理している荷主や施設管理者(所有者)が作業環境等を決定する(設備、作業経路、作業方法等を指定する)ことが一般的であり、作業環境等によっては安全対策が不十分になる可能性があるということが指摘されています。
この作業環境の違いとしては、設備や作業内容の違い(プラットホームの有無、クレーン荷役、フォークリフト荷役など)や、立地や天候による違い(傾斜地、狭い作業場所、強風や雨天時の露天作業、交通混雑なエリア、暗い場所)などが挙げられます。
同じく発生原因の特徴として、荷役作業を荷主等が行うのかトラック運転者が行うのかが明確に決まっていない場合で、トラック運転者が発地・着地において、初めて荷役作業を行うことが分かった事案では、安全な作業方法等について十分な検討がされないまま作業が行われてしまっていることが挙げられます。
さらに、取り扱う荷の形状、重量が大きく異なることから、その作業内容、使用機材、作業に必要な熟練度も大きく異なり、作業に対応した安全対策が不十分なままに作業が行われてしまっていることも、発生原因として挙げられます。
(3)トラックからの墜落・転落事故の現状を踏まえた労働安全衛生規則の改正
ところで、運送業におけるトラックからの墜落・転落事故においては、次のような現状があります。
・車両の種類別で見ると、平ボディ、ウイング車で約5割を占め、側面が解放できる構造のもので多く発生している。
・被災労働者のうち休業6か月以上の重篤な者の7割は、保護帽を未着用であった。
このようなトラックからの墜落・転落事故の現状を踏まえ、墜落・転落防止対策の強化のため、次のとおり、2023年3月に労働安全衛生規則が改正されています(2023年10月1日から施行されています。なお、テールゲートリフターの労働災害の現状を踏まえた改正もあり、こちらは2024年2月1日から施行されています)。
後述する会社に対する損害賠償請求が可能かどうかについては、この規則が守られていたかも重要となってきます。
①昇降設備の設置が義務付けられるトラックの範囲の拡大
・最大積載量が5トン以上のトラックが昇降設備の設置の義務の対象であったものが、2トン以上のトラックで荷の積卸し作業を行うときにおいても昇降設備を設置することが義務化された(昇降設備の設置場所として、「床面と荷台との間の昇降」だけでなく、「床面と荷の上との間の昇降」にも必要となっている)。
・なお、昇降設備は、トラックに取り付けらえた昇降ステップだけでなく、荷役作業場所に備え付けられ、作業の際に持ち込んで使えるものも含む。
②保護帽の着用が必要なトラックの範囲の拡大
・5トン以上のトラック、2トン以上5トン未満で荷台の側面が開放できるトラックなどで荷の積卸し作業を行うときは、保護帽の着用が義務となる。
・保護帽は、型式検定(国家検定)に合格した「墜落時保護用」の製品(帽体内部に衝撃吸収ライナーと呼ばれる衝撃吸収材を備えたもの)を使用しなければならない。
2 労災保険の申請でお困りのときは
運送業における墜落・転落事故が労働災害として認定されて給付金の受給が可能となるためには、一般的に、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を満たす必要があります。
業務起因性とは、墜落・転落事故による死傷が業務を原因として発生したことをいいます。
業務遂行性とは、被害者が使用者の指揮命令下にある状態で、墜落・転落事故によって死傷したことをいいます。
これらを踏まえると、業務時間中の作業で発生した墜落・転落事故であれば、いずれも認められるのが一般的です。
ここで、労働災害の被害に遭われた場合において、会社が労災保険の適用に応じてくれればよいのですが、労災申請に協力してもらえないこともあり得ます。
もっとも、労災申請の手続は、必ずしも会社・元請にやってもらう必要があるわけではなく、被害者側で行うことも可能です。
とはいえ、労災保険の申請に関する対応を被害者側がご自身で行うことは、大きな手間と時間、精神的負担を伴うものですので、弁護士のサポートのもとに対応されることをお勧めいたします。
3 会社等に対する損害賠償請求が可能なケースもあります
運送業における墜落・転落事故において、その発生について会社に法的責任があるといえる場合には、会社に対する損害賠償請求が可能となります。
この会社の法的責任の一つとして、安全配慮義務違反があります。
安全配慮義務とは、労働者に対して使用者に課されている義務で、労働者が安全で健康に働くことができるように配慮する義務のことをいいます。
この安全配慮義務は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的状況によって内容が異なります。
そして、会社がこの安全配慮義務に違反したといえる場合には、被災者は、その被った損害について、会社に対する損害賠償請求が可能となります。
また、労働災害による死傷が、会社や荷主、施設所有者等の故意・過失によって生じた場合は(荷役作業場所の施設・設備等に危険があった場合など)、会社や荷主、施設所有者に対して、不法行為責任を問うことも考えられます。
さらに、B社(陸運事業者)の従業員が、A社(荷主)の作業員のミスによって墜落・転落して死傷した場合、B社の従業員は、ミスをした作業員の使用者であるA社に対しても損害賠償請求することが可能であり、これを使用者責任といいます。
4 会社等に対して責任を追及するために
会社に対する法的責任の追及としては、安全配慮義務違反を主張することがメインとなります。
ここで、安全配慮義務と労働安全衛生法の関係については、同法で定める措置義務が安全配慮義務を考える上での基準となるとする判例があり、また、同法に基づく指針や関連通達なども安全配慮義務の基準となりえます。
したがって、次のように、会社が、冒頭で述べた改正労働安全衛生規則に反して作業をさせた結果、墜落・転落事故による死傷が生じた場合には、その規則違反をもって会社の安全配慮義務違反を主張することが考えられます。
・昇降設備(昇降ステップ)の設置が義務付けられているトラックであるにも関わらず、設置せずに荷卸し作業をさせた結果、墜落・転落事故により死傷した。
・保護帽の着用が義務となるトラックでの荷の積卸し作業であったにも関わらず、「墜落時保護用」の製品を着用させず、あるいは、適切に着用しているかを正しく指導しなかったために保護帽を着用せずに作業した結果、墜落・転落事故により死傷した。
さらに、冒頭に述べた発生原因の特徴として挙げた点で、作業環境等に応じた安全対策が不十分であったり、安全な作業方法等について十分な検討がされていなかったり、作業内容等に対応した安全対策が不十分であったりした結果、墜落・転落事故により死傷した場合には、その不十分であったことを安全配慮義務違反として主張することも考えられます。
もっとも、会社等は、責任を全否定してくることや、被害者の過失(過失相殺)を根拠に損害賠償額の大幅な減額を主張してくることも珍しくありません。
このような場合には、会社等との交渉は困難を極め、また、事故状況に関する資料の収集も容易ではありません。
労災申請の場面だけでなく、この会社等に対する損害賠償請求の場面でも、被害者側で様々な対応を行うことは、大きな手間と時間、精神的な負担を伴うものです。
そのため、運送業における墜落・転落事故に遭われた方やご遺族の方は、労働災害に精通した弁護士のサポートのもとに対応されることをお勧めいたします。
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