1 農業用作業機器による死傷事故

(1)主な農業用作業機器

農作業で用いられる作業機器は、トラクター、農用運搬車、田植機、コンバイン、ハーベスター、動力草刈機、コンベアー、高所作業車など、様々なものがあります。

(2)農業用作業機器による死傷事故の発生原因

農林水産省の調査(令和2年分のデータ)によると、農作業における死亡事故のうち、農業用作業機器によるものが69%となっています。
同じく農林水産省の調査(平成27年から令和元年までの5年分のデータ)によると、農業用作業機器での死亡事故において、機器別で最も多いのは、乗用型トラクターによる事故で、次いで、歩行型トラクター、農用運搬車となっています。
また、農業用作業機器での負傷事故において、機器別で多いのは、農用運搬車、乗用型トラクター、歩行型トラクター(手押し耕運機)の順となっています。
いずれにしても、農作業における死傷事故の発生に絡む主な農業用作業機器は、トラクターと農用運搬車であるといえます。

上記の調査において、農業用作業機器での死傷事故の発生原因は、機器別・原因別では、乗用型トラクターや農用運搬車における「転落・転倒」や「ひかれ」、歩行型トラクターにおける「挟まれ」、乗用型トラクターや歩行型トラクターにおける「回転部等への巻き込まれ」が多いと分析されています。
特に乗用型トラクターの「転落・転倒」が全体の3割を占めており、乗用型トラクターで移動中に、操作ミスなどによって路肩を踏み外して、田んぼや畑に転落するケースが多く見られています。

また、公道における農業用作業機器(農耕作業用特殊車)の発生原因において、以下の分析が挙げられています。
・トラクターなどはその性質上、低走行となるため、軽傷を含む全ての事故では、交差点などのない道路を走行中に「追突」される事故が多く発生している。
・シートベルト着用率が著しく低いため、重症を負うことや重い後遺障害が残ることが多く、死に至る可能性も高くなっている。
・死亡事故の多くは、道路からの転落・転倒を含む「路外逸脱」で発生している。

2 農業用作業機器による労災事故の事例

農林水産省が厚生労働省からの情報(労基署に報告された労働者死傷病報告)をもとに公表している労災事故としては、以下の事例があります。
なお、現状では、農業において雇用した従業員に、危険性の高い農業用作業機器による業務を行わせる例は少ないようです。
そのため、農業用作業機器による死傷事故の多くが、従業員ではなく、事業主・自営業者、家族従事者(労災保険の給付対象となる「労働者」ではない人たち)の事故となっています。
もっとも今後は、担い手の大規模化や法人化が進展することで、農業用作業機器による業務を行う従業員が増加することも想定されています。

・乗用型トラクターに肥料を散布する機器を装着して作業準備をしていたが、雨が降っていたため雨粒を取ろうと機器内に手を入れたところ、回転部分に手(腕)を巻き込まれた。
・ほ場内で乗用型トラクターに馬鈴薯播種機を装着して作業中、コンベヤに種いもを1つずつ入れるところを2つ入れてしまったため取り除こうとして、手が巻き込まれた。
・ほ場内で乗用型トラクターにロータリーカルチを装着して作業中、作業機が停止したためエンジンを切らずに作業機を調整していたところ、ロータリーが動き始めて腕を巻き込まれた。
・倉庫前で乗用型トラクターに作業機を取り付ける作業を2名で行っていたところ、1名が座席から降りる際に走行レバーに触れてトラクターが後進し、取り付け作業中の作業者の足がトラクターのゴムクローラーに巻き込まれた。
・ほ場内で乗用型トラクターにゴボウ収穫機を装着して作業していたところ、作業機のベルト部分に指が挟まった。

3 労災申請の手続

労災申請の手続は、労災保険による補償の請求人となる労災事故の被害者ご本人やご遺族が、被害者の勤務先(事業所)を管轄する労働基準監督署へ、労災請求用紙や添付書類を提出することで行います。

労災請求用紙には、「事業主の証明」という事業主が押印(証明印)をする欄があります。
しかし、残念ながら、事業主が「今回の事故は労災ではない」などと言って押印を拒否する場合や、「考えておきます」などといって押印を行わずに請求を引き延ばす場合が少なからず見受けられます。
請求が遅れると、時効により請求する権利が消滅してしまう危険がありますので、上記のように事業主が労災申請に協力してくれない場合には、労災事故に詳しい弁護士にまずはご相談ください。

4 労災保険による補償

労災保険の補償には、治療費(療養補償給付)、休業損害(休業補償給付)、後遺障害が残った場合の後遺障害逸失利益(障害補償給付)、介護が必要となった場合の介護費(介護保険給付)、死亡した場合の死亡逸失利益(遺族補償給付)、葬儀費用(葬祭給付)などがあります。

5 農業の場合の労災保険による補償の注意点

(1)暫定任意適用事業と労災保険の任意加入について

ところで、農業は一般の事業と比べて特殊な部分があります。
通常1人でも従業員を雇い入れると労働保険に加入する義務が生じますが、農業では、常時5人未満の従業員を使用する個人経営の事業に該当する場合は、「暫定任意適用事業」といって、原則として労働保険は任意加入となります。
なお、法人または個人事業でも常時5人以上の従業員がいる場合は、労災保険は強制加入となります。
また、一定の危険又は有害な作業を主として行う事業、任意加入の事業でも従業員の過半数が希望する場合や事業主が農業労災保険特別加入制度(後述)に加入している場合も、労災保険は強制加入となります。
例えば、個人で農業を営んでいる者が、農業労災保険に特別加入している場合は、従業員を1人でも雇った時点で、労災保険に加入する必要があります。

(2)暫定任意適用事業のため労災保険に加入していなかった場合の労災事故について

もし暫定任意適用事業のため労働保険に加入していない中で、労災事故が発生した場合、従業員は、労災保険からの補償は受けられません。
その場合、労働基準法に規定されている災害補償にもとづいて、事業主が補償責任を果たすことになります。
たしかに、労働基準法は、従業員が労働災害を被った場合には事業主が補償することを義務づけていますが、いくら法律で補償を義務づけても、事業主が無資力のため補償されないことは十分に考えられます。
つまり、暫定任意適用事業で働く従業員は、事業主が無資力の場合には、十分な補償が受けられない可能性があるということには注意が必要です。

さらに、労働基準法上の補償と労災保険による補償では、補償を行う者が事業主(使用者)か国かということの他にも、以下のような違いもあります。
なお、業務災害の補償項目は、ほぼ同じです。
・労働基準法は業務災害だけを対象としており、通勤災害は対象外となる。
・業務災害か否かの判断について、事業主と従業員との間で判断することとなり、それに争いがあれば、労働基準監督署は判断をする際の手助けを行うだけである(労災保険では労働基準監督署長が判断を行う)。

6 農業における労災保険の特別加入制度による補償について

(1)労災保険の特別加入制度とは

労災保険は、従業員の業務災害・通勤災害に対する補償・救済を主目的とするもので、事業主・自営業者、家族従事者など、従業員に該当しない人たちは、労災保険の対象とはなりません。
しかし、労災保険法では、特別加入制度を設け、業務内容などによって従業員に準じて保護することがふさわしいとされる人たちに、一定の要件のもとで労災保険に特別に加入することを認めています。
そして、「特定農作業従事者」や「指定農業機械作業従事者」、「中小事業主等」に該当すれば、事業主・自営農業者、家族従事者であっても、労災保険に特別加入することが認められています(このことを「農業労災保険特別加入制度」といいます)。

(2)「特定農作業従事者」や「指定農業機械作業従事者」、「中小事業主等」とは

「農業関係作業従事者」とは、年間の農業生産物の総販売額が300万円以上、または経営耕作地面積が2ヘクタール以上の規模がある農業者で、次の特定農作業に従事する人をいいます。
労災保険の補償は、この特定農作業をしていて事故(業務災害)に遭った場合に受けられます。
・動力により駆動する機械を使用する作業
・高さが2メートル以上の箇所での作業
・農薬の散布作業
・農作業のためトラクター・コンバインなどに乗って車庫から農作業場へ向かう場合 など

「指定農業機械作業従事者」とは、事業主・自営農業者(家族従事者を含む)であって、次の機械を使用し、土地の耕作、開墾または植物の栽培、採取の作業を行う人をいいます。
労災保険の補償は、この指定された機械で農作業をしている際に事故(業務災害)に遭った場合に受けられます。
・動力耕運機その他の農業用トラクター
・トラックその他の自走式運搬用機械
・自走式田植機
・自走式動力刈取機、コンバインその他の自走式収穫用機械
・動力脱穀機、コンベアーなどの定置式機械または携帯式機械 など

「中小事業主等」とは、農業の場合は常時300人以下の従業員を使用する事業主(事業主が会社の場合はその代表者)および特別加入できる事業主の家族従事者などをいいます。
労災保険の補償は、特別加入申請書の「業務の内容」欄に記載された従業員の所定労働時間内に特別加入した事業のためにする行為やこれに直接附帯する行為を行う場合などで事故(業務災害)に遭った場合に受けられます。
また、住居と農作業場との間の往復の移動中の事故(通勤災害)も補償されます。

(3)補償内容

労災保険の特別加入制度の利用者は、治療費(療養補償給付)、休業損害(休業補償給付)など、通常の労災保険に準じた種類の給付を受けることができます。
もっとも、休業補償給付などの給付額を算定する基礎となる給付基礎日額の決定方法が、通常の労災と異なります。
すなわち、特別加入制度の場合、加入申請を行う際にあらかじめ特別加入を行う者の所得水準に見合った適切な額を加入者自身が選択して申請し、これを都道府県ごとの労働局長が承認した額が給付基礎日額となります。
選択できる給付基礎日額は、3500円から最高限度額の2万5000円まで合計16段階があります。

7 事業主(会社)に対する損害賠償請求

労災事故の発生において、事業主(会社)に安全配慮義務違反または使用者責任がある場合には、事業主に対して、慰謝料・損害賠償を請求することができます。
労災保険による補償は、損害賠償の一部を填補するものに過ぎず、慰謝料(精神的苦痛に対する損害賠償)については、一切補償がありません。
そのため、十分な被害回復のためには、事業主に対する損害賠償請求を行うことが重要となります。

自分一人で農作業を行っていて怪我をした場合であっても、事業主に安全配慮義務違反があれば、慰謝料・損害賠償を請求することができます。
事業主に対する損害賠償請求については、専門家である弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。
当事務所では、労災事故の事案に関する取扱経験・解決実績が豊富にございます。
ぜひ一度、当事務所にご相談いただければと存じます。

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